目に見えないものの力の大きさを体験を通して知ることが出ました。
一月下旬頃より腰に痛みを感じていました。このくらいの痛みは我慢できると思い我慢に我慢を重ね一ヶ月間治療を受けずにすごしていました。そうしたら、とうとう歩く事ができなくなり某総合病院に入院となり、もっとも重症の椎間板ヘルニアと診断されました。
午前、午後、夜と一日六時間、腰の牽引をしていたため、寝たままで字を書くことも食事をする事もだいぶ上手になり大体の事はできる様になりました。また或る時は注射で下半身麻痺を起こし本当に貴重な体験をさせていただきました。というのは上半身はなんでもないのに、下半身がぜんぜん動かず、どんなにつねっても痛くない初めての出来事でびっくりしました。
詫びる先生に「とんでもない、どんなにお金を出してもこんな体験をする事ができないのに心から感謝しています」と涙ながらにお礼を言いました。先生も自分のミスで涙を流してまで喜ばれたのは初めてだ!と先生に涙を流してしまいました。
実は息子が癌で同じ病院に入院中で、癌が脊髄に転移しているため昨年は六ヶ月以上身動き一つできない中で必死に生きようと頑張ってきた我が子が、こんなに不自由だったのかと思ったら幾ら親でも我が子の苦しみを本当にわかってあげる事ができなかったんだな!と思いました。親は子の何なのか、また、子は親の何なのかと思えば思う程、胸をかき毟られるありさまでした。
何が何でも一日も早く治って子供を救わなくてはと思い、そんな或る日、主治医の先生に「西洋医学の限界だ!全て生活環境を変えて家に帰る様に」と言われました。
これは言葉を変えれば治らない廃人であることを宣言されたのと同じで、自分の耳を何度も疑いました。でも、それらしき事にしか思えない、でも私は落ち込むどころか、”先生は私を一日も早く社会復帰させるなめに叱咤激励して下さっているんだ”と解釈しました。
歩行器に掴まり、ようやく歩ける様になったが、やはり腰は伸びない、一週間位で退院できると思ったのに一ヶ月がすぎてしまいました。最初、手術を勧められましたが、どうしても気がすすまず、絶対に手術をせずに治すんだと信念をもっていました。
どんなに辛くても我が子の癌の事を思ったら、こんなことはなんでもない・・・・・・と自分に言い聞かせて頑張りました。
そんな時、古澤先生に出逢う事ができ、その時、先生は、「自分が尿道結石になったとき女性のお産の苦しみを知ったんだ!」と言っておられ、私は、その言葉に深く感動しました。
人間は、一つひとつ体験を通して知る事ができ成長していくんだなー、そして、私のヘルニアも無意味ではなく何か悟る事を教えているのだと思いました。
親子で同じ病院に入院し子供は生死をかけて闘っている、また親は廃人になる、社会復帰できるかの境にいて「病は気から」であるから病を治すのも90%は精神力にあると思い、頑張らなくてはと思いました。
人生には、次から次へと思いもよらない出来事が起きてくるけれど、いつも「強くなれ、頑張るんだよ」と神様が応援してくれている様な気がして、「必ず勝利するからね」といつも心にむち打ってきました。西洋医学で限界なら、東洋医学でと思い、古澤先生を尋ね、本当になおらないものなのか診察して頂きました。その時、全身バラバラになる程の痛みでしたが、「自信をもちなさい、あせらず私の所に通いなさい。
私が治してやるよ」と心のこもった先生の自信のある言葉に感動し、体の軽くなるのを感じ、勇気付けられ退院しました。幸い先生の所から近い所に部屋を借りる事ができ、必死で杖を頼りに通院を始めました。最初の一週間は、起きる事、歩く事がやっとでしたが、自宅に帰っても、自分でできる自宅療法をおしえていただき、辛さを耐えて二時間おこないました。三週間目には、スッスと歩ける様になり、主治医の先生に「貴女の努力には感銘しました」と言われ、ただ感謝で一杯になりました。一ヶ月たった今、殆ど杖なしで飛んで歩ける様になりました。
再発予防のための治療はうけておりますが、お蔭で完治直前にまでなりました。
私の好きな言葉は、
1、不信しない心
2、諦めない心
3、動揺しない心
4、挫けない心
この四つの「ない心」です。
自分にできない事は自分の身の廻りには起こらない、人にどのように言われようと、どんな試練が起ころうと自分が強くなる為の訓練だと感謝して、絶対なる信念をもって必死で生き抜くならば必ず道は開かれる、ということを感じさせていただきました。
本当にありがとうございました。今後も頑張りますので宜しく、ご指導下さいますようお願い申し上げます。